フィリピン人に学ぶライフバランス:セブ島生活で手に入れた豊かなマインド
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こんにちは、Lenz 代表・神守です。
私は現在、フィリピンのセブ島を拠点にIT会社を経営しています。
日本にいたときはIT業界を中心に長年働いてきましたが、長い社会人経験の中で、志半ばで体調を崩していく人をたくさん見てきました。
どれだけ周囲から賞賛され、莫大な富や高い地位を手に入れたとしても、その代償として身体を壊してしまったら一体何の意味があるのでしょうか。
今回は、ある経営者の現実と、セブ島の人々の生き方から学んだ「本当の幸せ」とライフバランスについて、私の気づきを共有します。
優秀な経営者の生活破綻と病気の発覚から考える健康投資の重要性
私の知り合いに、非常に優秀な経営者がいます。
その人の仕事ぶりは社内社外からも称賛され、一目置かれる典型的な「仕事ができる人」でした。
日中の忙しさから昼食は日常的に抜き、深夜、日付が変わる頃になってから滑り込むようにファストフード店に駆け込み、高カロリーな食事を頬張る。疲弊した脳を無理やり覚醒させて極限まで働かせるために、日常であり得ないほど濃いコーヒーをガブ飲み。
当然のように仕事は深夜遅くまで続き、慢性的な睡眠不足が日常でした。
そんな限界を超えた生活が長く続くはずがありませんでした。ついに命の危機に直面するような大病になりました。
手術のため、仕事を一時的にでもやめざるを得なくなってしまったその人を見て、私は悲しみとともに強い疑念を抱きました。
他者評価や売上を追うゲームから離脱し「そこそこ」のスタンスを選ぶ理由
是非、自分に問いかけてみてほしい。
自分を追い詰めて働くことって、本当に幸せでしょうか。
世間からどれだけ「凄い」「仕事ができる」と評価されようが、自分の命や健康をすり減らす働き方に、価値も幸せも見出すことはできるのでしょうか。
それよりも、たとえ周囲から突出した評価をされなくても、自分の健康を第一に考えて「そこそこ」のスタンスで働き、心穏やかに長く生きる方が、人生全体として見たときに100倍幸せではないでしょうか。
私たちはいつの間にか、「他者からの評価」や「会社の業績」「売上」といった外的な数字ばかりを追いかけるゲームに強制参加させられ、それが生きる目的であるかのように錯覚させられています。
人生はゲームと違い、再起不能になればやり直しができません。
しかし、どれだけゲームに勝っても、プレイヤーである自分自身が再起不能になってしまってはどうしようもない。
健康という絶対的な土台を失った瞬間に、せっかく掴み取った成功もないもと等しくないでしょうか?
家族最優先を貫くフィリピン人の働き方に学ぶライフバランスに学ぶ
セブで生活していると、明らかに、人々が「 仕事以外の時間 」を大切にしている人が多いことに気づきます。
もちろんフィリピンでも、仕事に追われてメンタルを病む人はいます。全員がのほほんと暮らしているわけではありません。
しかし、日本人のように何かに追われるように、あるいは何かに取り憑かれたかのように自虐的に身体を壊してまで働く人は少ない。
ほとんどのフィリピン人は定時になればさっさと仕事を切り上げ、自分の生活や家族の元へと帰っていきます。
便利さと物欲から離れて気づく、“本物の豊かさ”
またフィリピンは、私自身の生活や内面にも大きな変化をもたらしました。
日本に比べて、セブ島では手を伸ばせばすぐ欲しいものが手に入るわけではありません。人付き合いの機会も自然と減り、日本にいた頃と比べて物欲そのものが大幅に減りました。
実際に暮らしてみると、多少の不便さがあっても生活に困ることはありません。
死ぬこと以外はかすり傷のようなもの。
結果、無駄な出費が減り、自然と節約ができるようになりました。わずかではありますが日本の親へのサポートに資金を充てることもできるようになりました。
日本に溢れている過剰な便利さや物欲を満たす生活からは遠のきました。
でも、今のフィリピン生活で得たものは、お金には代えがたい「豊かなマインド」です。多くを持たずとも、心穏やかに、健康で、大切なものを見失わずに生きる心地よさを日々実感しています。
終わりに:人生は仕事だけじゃない。生活を豊かにするための合理的な選択
日本人は真面目で責任感が強いです。
知らず知らずのうちに仕事中心の生活になり、気づかないうちに自分をすり減らします。
だからこそ、いま一度立ち止まって、「何のために働いているのか」という根本的な目的に目を向けてみてはいかがでしょうか。
キャリアや成果を急ぐあまり、日々の生活の丁寧さや、大切な人との時間を犠牲にする必要はありません。一度立ち止まり、自分の生活のペースをコントロールすることは、決して逃げでも怠けでもありません。
セブ島での暮らしが教えてくれたように、仕事以外の個人の生活を大切に扱い、心穏やかに持続可能な形で働き続けること。それこそが、長期的な視点において最も合理的で、豊かな人生のあり方だと考えています。